日本美術

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息を呑む迫力。凄い形相とダイナミックな技が炸裂する安本亀八の「相撲生人形」... 安本亀八(1826〜1890)の「相撲生(いき)人形」は「日本書紀」にある野見宿禰と当麻蹴速の力比べに題材をした作品です。野見宿禰が当麻蹴速の腰を掴み必死に投げ飛ばそうとする姿をダイナミックに表現しています。 「相撲生人形」は1890年の内国勧業博覧会に出品するつもりで制作されたようですが...
円山応挙の眼差し。「写生の祖」と呼ばれた京都の天才絵師... 円山応挙(まるやまおうきょ)といえば、どんな作品を思い浮かべるでしょうか。やはり三井記念美術館に所蔵されている国宝の「雪松図屏風」でしょう。墨と金と紙の白で描いた力つよい老松と今日せんが美しい若松は、日本絵画史に刻まれた名作の1つですね。タイトルでわからない方も作品を見れば、これか!とわかると思いま...
河鍋暁斎の最高傑作群。「画鬼」と称された反骨の天才絵師... 河鍋暁斎(かわなべきょうさい)(1831-1889)(天保2年-明治22年)は、江戸の幕末から明治期で活躍した絵師の一人です。河鍋暁斎は、下総国古河の城下町、米穀商の次男として生まれ、幼名を周三郎といいましたが、古河藩士・河鍋家の養子になったことから河鍋姓を名乗っています。すでに幼い頃から、絵心を開...
葛飾北斎の独創性。世界を魅了した日本を代表する絵師... 葛飾北斎(かつしかほくさい)(1760~1849)は、1760年(宝暦10年)に割下水(わりげすい)、現在の墨田区亀沢付近で生まれました。幼名は、時太郎。6歳頃より、好んで絵を描くことを始め、10歳の時に鉄蔵と名を改めています。 葛飾北斎は、14歳頃から木版画を学び、貸本屋の小僧として働いてい...
曽我蕭白の奇想世界。卓説した技術と強烈なインパクトで魅せる無頼の絵師... 伊藤若冲と合わせて人気の絵師・曽我蕭白は江戸時代を生きた絵師で、「異端」、「奇想」、「異様」、「破天荒」または「エキセントリック」などといった言葉で形容されること多いです。曽我蕭白の代表作「群仙図屏風」などにそれらの言葉が当てはまることだろうと思います。当時も「邪道に陥った者」、「画体いやし」などと...
伊藤若冲の超絶技巧。天才絵師の繊細で濃密な絵画作品... 伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)(1716-1800)は江戸時代中期に京都で活躍した絵師です。京都の町の錦小路高倉も南東の角にあった青物問屋「桝源」に長男として生まれ、23歳の時に四代目として家業を継ぐことになります。元々絵を描くことが好きで、絵師の大岡春朴を招いて、紙や絹の素材選びや、絵の具の溶き方...