教科書でもお馴染みの風刺画。フランス人の画家ジョルジュ・ビゴーの見た日本


これらの風刺画を教科書で見たことがある方は多くいらっしゃると思います。この風刺画を描いたのはフランス人の画家ジョルジュ・ビゴー(ジョルジュ・フェルディナン・ビゴー)(Georges Ferdinand Bigot)(1860〜1927)という方です。

明治時代の日本で17年間に渡って風刺画を描き、当時の世相を伝える多くの作品を残しました。

風刺画で有名なビゴーですが、日本的風習にあふれた庶民の生活を描いた作品や、日本軍に従軍して描いた戦争報道画なども描いています。

日本だと、宇都宮美術館や千葉県立美術館に作品がコレクションされています。






おなじみ、教科書に多く掲載されている風刺画。各国を象徴する人物像を描いた「魚釣り遊び」という作品です。

ビゴーが書いたタイトルは「Une partie de pêche.」であり、英語に訳せば「A party of fishing」となるから単なる「魚釣の会」という意味である。その釣り会で、日本、ロシア、中国が、Corée、つまりは朝鮮という魚を釣ろうとしている絵、ということになる。


当時の自由民権運動などの昂りを、薩長政府に対する土佐勢力の沸騰として描いていてる。


言論統制をする警察とそれを窓から覗くビゴー


北東アジアに進出する日本


日本を取り合うイギリスとプロイセン。日本は,日清戦争に勝ち列挙諸国の仲間入りをしてとおもっているが,欧州から見たら日本など赤子扱いである。利用できる良い手駒としか思われていなかったのだろう。







英の叔父さん
「坊や、叔父ちゃんが抱っこするよ。面白いおもちゃを、たあんとあげるよ。
をや、坊ハ叔父ちゃんをもう忘れたねー。」

小児
「いやいや、いやいや、あかんべえー。」
小児の日本

独の老爺
「向うの叔父さんは、こわいから、行てはいけません。おもちゃがほしければ、此の爺がいくらでも買てあげます。」

最早、汝は私を忘れたか、坊ちゃん。私に抱かれなさい。    いやだいやだ。


ソファーの丸に十字の印からこの部屋は旧薩摩藩邸ではないかと云われています。
女性は芸者さんでしょう。ソファーに寝そべっている行儀の悪い人は、初代文部大臣森有礼と云われています。
この森有礼、最初の奥さんは明治13年外国人とデキちゃうし(結局離婚)、本人も明治22年伊勢神宮に土足で参拝したとして、国粋主義者に暗殺されます。身持ちの悪い奥さんと行儀が悪い旦那さん・・・


日本をロシアにけしかけるイギリスとアメリカ


ジョルジュ・ビゴーの小吾妻図は、京橋の新興レストランの2階をえがいたものであるが、その主役は、まぎれもない家族である。
ビクトリア朝英国において、クラブは男子のものであった。パブも同様である。
レストランはそういう制約をもたず、淑女用も用意されたが、家族用のスペースというものはない。






  

 
 
 

2012年11月19日に投稿された記事を再編集しています。

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