伊藤若冲の超絶技巧。天才絵師の繊細で濃密な絵画作品

伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)(1716-1800)は江戸時代中期に京都で活躍した絵師です。京都の町の錦小路高倉も南東の角にあった青物問屋「桝源」に長男として生まれ、23歳の時に四代目として家業を継ぐことになります。元々絵を描くことが好きで、絵師の大岡春朴を招いて、紙や絹の素材選びや、絵の具の溶き方などの基礎知識や、描き方など教育を教授されています。また、京都の寺院を訪れ、蔵に秘蔵してある中国の絵画を模写する作業を行っていました。

伊藤若冲は「花鳥三十幅」を蒼黒時に寄進することを目標とし、40歳には、家督を弟に譲り、制作のみの生活に没頭します。42歳頃には「動植綵絵」の制作に着手し、50歳の時に「動植綵絵」の二十四幅を寄進、三十幅全てを寄進したのは55歳の時でした。平安人物志という著名人を記した名鑑にも名を連ねています。

伊藤若冲73歳の時(天明8年1788年)に大火災が発生し、「桝源」のお店とアトリエが焼失してしまいます。翌年の天明9年には「仙人掌群鶏図・蓮池図」を制作、82歳には「象と鯨図屏風」を制作しています。73歳の時に起こった火災以降は、各地を転々として、最終的には京都深草の石峰寺の古庵で暮らしています。そして、石峰寺で制作を続け、寛政12年(1800年)の9月に85歳の生涯を終えています。

近年、稀に見る伊藤若冲ブームにより展覧会で、伊藤若冲の作品を見る機会が増えたと思います。その火付け役として、有名なのが、美術史研究家の辻 惟雄(つじのぶお)氏です。1970年に発表された「奇想の系譜」という書籍で伊藤若冲の他に、曾我蕭白、岩佐又兵衛、長沢蘆雪などの絵師を取り上げています。元々は1968年に美術雑誌「美術手帖」に掲載されていたコラムで、そのコラムを1冊にまとめたのが「奇想の系譜」です。埋れつつあった絵師たちに再スポットを当てた「奇想の系譜」は新装版などによってグレードアップされ、いまでの読み継がれている名著となっています。






伊藤若冲「向日葵雄鶏図(動植綵絵)」 宝暦9年(1759年) 絹本着色

伊藤若冲といえば「鶏」というイメージを持っている方が多いと思います。まずは、42歳頃から着手したとされている伊藤若冲の代表作品の1つ動植綵絵の「向日葵雄鶏図」です。画面上半分に構成された向日葵と、その向日葵に絡みつく朝顔、花々の直下には、片足で立つ、堂々とした立派な姿の雄鶏。朝顔が咲いていることや、向日葵の花の向きがバラバラなことから、早朝に書かれたのではないかと推測することができます。大規模な展覧会では、この作品が目玉となることが多いですね。まさに伊藤若冲の代表作品の1つですね。
伊藤若冲「向日葵雄鶏図」

伊藤若冲「紫陽花双鶏図(動植綵絵)」宝暦9年(1759年) 絹本着色

紫陽花の他に薔薇や躑躅(つつじ)も描かれており、花弁の1枚1枚丁寧に緻密に描きこまれています。異常な存在感を放つ双鶏の羽のフォルムや姿勢から伝わる躍動感とともに静謐な緊張感があります。画面右の雄鶏は見栄を切っているかのようで、強い視線を向けています。リアルさを追い求めた結果が、この画面からひしひしと感じられます。伊藤若冲は鶏を描くために、自分の庭に数十羽の鶏を放し飼いにして観察をしていました。
伊藤若冲「紫陽花双鶏図(動植綵絵)」

伊藤若冲「大鶏雌雄図(たいけいしゆうず)(動植綵絵)」宝暦9年(1759年) 絹本着色

背景に植物などのが描かれていない珍しい作品。雄と雌だけが描かれている分、全体の描きこみが半端ない。ここで描かれている品種は、日本古来の品種が交配を重ねて誕生したものと考えられています。羽毛があまりにもカラフルで美しくシンプルながらも秀逸な構成となっています。
注目は、雄鶏の鶏冠部分です。顔料の厚みで微妙なグラデーションを付け、境界線に墨を入れることで立体的な見せています。
伊藤若冲「大鶏雌雄図」

伊藤若冲「群鶏図(動植綵絵)」宝暦11年(1761年)〜明和2年(1765年)頃 絹本着色

13羽の鶏が登場するこの作品は、全ての鶏が描き分けられており、どの鶏をとってみても細密な描写を見ることができます。それぞれの鶏の位置や姿勢、また、全体の構図、自宅の庭で観察を続けて描いた伊藤若冲の真骨頂とも言える作品です。
伊藤若冲「群鶏図(動植綵絵)」

伊藤若冲「雪中錦鶏図(動植綵絵)(せっちゅうきんけいず)」宝暦11年(1761年)〜明和2年(1765年)頃 絹本着色

雄の錦鶏の真っ赤な腹が画面のアクセントとなっており、その周りに積もった雪と木から溶けて落ちる雪が巧みに描かれています。画面右下には山茶花(さざんか)が、また雄の錦鶏の後ろからは、雌の姿も見えています。画面構成と構図と配色を素晴らしさを感じるとともに、日本の季節の美しさも生み出しています。
多くの鶏を描いていますが、鶏だけではなく、鳥が大好きな伊藤若冲。市場で食用として売られていた雀をかわいそうに思い、数十羽を買って帰り、家の庭に放ったというエピソードが残されています。絵に描くだけでなく、生き物の命を尊び、日頃から慈しんでいた若冲の姿がこのエピソードからわかりますね。
伊藤若冲「雪中錦鶏図」

伊藤若冲「雪中鴛鴦図(動植綵絵)(せっちゅうえんおうず)」宝暦9年(1759年) 絹本着色

仲睦まじい夫婦のシンボルである鴛鴦を描いた冬の水辺の美しさと雰囲気を感じさせる秀作。木の枝に積もっている雪はとても幻想的な美しさがあり、空の様子は、絹の裏地に黒い紙を貼って絹目の間から透かして見せる技法を用いています。水中に潜ろうとしている雌の周りの水の表現が興味深いですね。
伊藤若冲「雪中鴛鴦図」

伊藤若冲「南天雄鶏図(動植綵絵)(なんてんゆうけいず)」明和2年(1765年) 絹本着色

金刀比羅宮(ことひらぐう)の障壁画「花丸図」を描いた翌年に制作された作品。軍鶏の黒い胴体と、鶏冠の赤の対比がとても美しく、南天の赤との描き分けや菊の白が絶妙なアクセントとなっています。数種の墨で描きこまれた色彩豊かな黒と、一粒一粒精密に描きこまれた南天の赤がとても印象的ですね。軍鶏の威風堂々とした姿がとてもかっこいいいです。
伊藤若冲「南天雄鶏図」全体

伊藤若冲「南天雄鶏図」細部






伊藤若冲「老松白鳳(動植綵絵)(ろうしょうはくほうず)」1766年頃 絹本着色

鶏だけでなく、荘厳華麗を極める旭日に向かって鳴く鳳凰の幻想的で官能的な妖しい姿も「動植綵絵」で描いています。体は黄土と胡粉、その二種を混合したものを裏彩色で施し、表からは胡粉で丁寧に羽毛を描きこんでいます。この白鳳は雌ではなく、であり雄であり、一生妻を娶ることのなかった若冲自身を表現しているという解釈もあります。うねるような松の枝の描き方にも注目です。
伊藤若冲「老松白鳳」

伊藤若冲「樹花鳥獣図屏風(六曲一双)」 絹本着色

右隻137.5cm×355.6cm、左隻137.5cm×366.2cmというサイズの桝目描きという描法が使われたデジタルアートのような大作です。右隻には象を中心にして、虎、鹿、猿、牛、犬など23種類、左隻は鳳凰を中心にして、鶏、孔雀、鶉、おしどりなど31種類の鳥が描かれています。桝目の内側を塗り分けることで、濃淡のグラデーションをつけています。
桝の目の数は約8万6000個あり、西陣織の「正絵」から着想を得てこのような技法を編み出したのではないかと言われています。ここの作品で描かれている桝のサイズは「正絵」の標準的なサイズ1.2cmと合致することからもそう言われる所以となっています。
伊藤若冲「樹花鳥獣図屏風(六曲一双)」 

伊藤若冲「樹花鳥獣図屏風(六曲一双)」 

伊藤若冲「百犬図」 寛政11年(1799年)絹本着色

この「百犬図」は最晩年の84歳の時の作品とされおり、実際は100匹も描かれてはおらず59匹の犬たちが描かれています。画面いっぱいに描かれた犬たちは、模様はすべて違いますが、目の形が共通しています。84歳の老人が描いたとは思えない力量と技術の衰えを感じさせませんね。それにしてもめちゃくちゃ可愛い子犬たちですね。合わせてご覧ください。➡︎コロコロ、フモフモ!!江戸時代の絵師が描いたワンコたち(9選)
伊藤若冲「百犬図」

伊藤若冲「仙人掌群鶏図(さぼてんぐんけいず)」 天明9年(1789年)絹本着色

「天明の火災」でアトリエが焼失してしまったため、一時的に身を寄せていた大坂で描いたとされる作品。西福寺の檀家である薬種問屋・吉野五連の依頼によって制作されました。鶏と植物という若冲の十八番といえるモチーフの襖絵です。
全体
伊藤若冲「仙人掌群鶏図」全体 

伊藤若冲「仙人掌群鶏図」部分

伊藤若冲「仙人掌群鶏図」部分

伊藤若冲「花丸図」明和元年(1764年)紙本着色金砂子撒

香川県の金刀比羅宮(ことひらぐう)の奥書院上段の間にある障壁画です。床、壁、襖に描かれた花の絵はすべてで201点あり、花の周囲には金箔を粉にした金砂子がまかれています。現在、若冲の作品は上段の間にしかありませんが、かつては二の間に「山水図」、三の間に「杜若図」、広間には「垂柳図」が描かれていたという記録があります。
伊藤若冲 金刀比羅宮

伊藤若冲「象と鯨図屏風」寛政9年(1797年)(六曲一双)紙本墨画

2009年に滋賀のMIHO MUSEUで初公開され脚光を浴びた作品。陸上で最も大きな動物である象と海でもっと大きい生き物である鯨を対比させた構図が採用されています。他の作品と比べると細密な描写が少ない作品です。象の可愛い目つきや、鯨の胴体の美しい墨色、また、波の描写はまるで生き物のように描かれているのが特徴的です。こちらも若冲が80歳の頃に描かれた作品です。
同様の図柄の作品が存在するという記録が残されていますが、行方不明です。
伊藤若冲「象と鯨図屏風」

伊藤若冲「糸瓜群虫図(へちまぐんちゅうず)」絹本着色

画面株の糸瓜の花が咲き、小さい実となり、大きな果実となる過程を描いています。30代後半に描かれたとされている作品で、まだ家業を弟に譲っていない時期と推測されています。カマキリやバッタ、トンボなどの昆虫が合計で11匹描かれています。実施の作品をご覧になるkとがあれば探してみてください。葉脈の細部や虫食いの様子がとてもリアルに表現されいます。

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ご存知の作品も、そうでない作品もあったかもしれません。2019年2月9日(土)~4月7日(日)の期間には東京都美術館で「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」という展覧会が開催され、「紫陽花双鶏図」も展示されますので、是非、この機会に観たいですね。






この記事は参考資料などを元に作成しています。

若冲
澤田 瞳子
文藝春秋

伊藤若冲の展覧会

伊藤若冲の展覧会は過去に何度も開催されています。ここ数年で大規模な展覧会や、企画展の一部に作品が展示されることなどが多いです。以下は過去の展覧会。最新の展覧会も随時お知らせしていきます。
【1】【展覧会】伊藤若冲、曽我蕭白!!「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」が2019年2月から開催
【2】【入場無料】伊藤若冲、歌川広重、小原古邨などの展覧会が銀座の画廊・秋華洞で開催
【3】生誕300年。伊藤若冲の展覧会が東京都美術館が4/22より開催。
【4】展覧会「バック・トゥ・ザ 江戸絵画~若冲・蕭白・蘆雪・白隠~」開催!

伊藤若冲はグッズもたくさん販売されていますので、身近で若冲作品をみたい方にオススメです。

伊藤若冲の展覧会でも、定番のポストカードの他に、クリアファイル、トートバッグ、マグネットやマスキングテープなどといったグッズが人気ですね。ネットでもiPhoneケースやカレンダー、壁紙ポスターなどが販売されていますのでで、合わせてご覧ください。

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同時代を生きた江戸時代の絵師などを関連記事として載せておきます、どの絵師も伊藤若冲に引けを取らぬ作品ばかりです。
【1】知られざる木版画絵師。クリムトも魅了した小原古邨(おはらこそん)の描いた花鳥獣図
【2】葛飾北斎の独創性。世界を魅了した日本を代表する絵師
【3】竹内栖鳳が極めた美。近代日本画を代表する京都の画家
【4】田中一村の独特の花鳥画。奄美大島に魅了された孤高の画家
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