月岡芳年の浮世絵世界。激動の時代を生きた「最後の浮世絵師」


月岡芳年(つきおかよしとし)(1839-1892)(天保10年-明治25年)は1839年に江戸新橋の商家・吉岡家に生まれます。11歳(1850年)で武者絵の名手として知られていた歌川国芳(うたがわくによし)に入門し、15歳の時に出版された錦絵には「一魁斎芳年画」と署名があります。1861年には、歌川国芳が没しており、国芳から指導を受けたのは約10年間。1865年、27歳の時には「流行一覧歳記」の第十位に名が挙げられ、この頃に月岡姓を継いでいることがわかっています。

芳年が生きた時代は、まさに激動の時代。14歳の時にペリー来航、22歳の時に桜田門外の変が起こり、30歳(1868年)(慶応4年)の時に、戊辰戦争が起こり、江戸は東京と改められ、年号は明治に改元され、明治維新という大きな転換を迎えます。絵画の世界も欧化が進み、油絵の展覧会が開催されるようになります。

28歳の時には、かの有名な「英名二十八衆句」を制作しています。「英名二十八衆句」は、国芳の1847年ごろの揃物で全十図の「鏗鏘手練鍛の名刃(さえたてのうちきたえのわざもの)」を焼き直した作品です。元の国芳のシリーズを参考にアレンジされた作品で、流血のシーンは過度に強調されています。月岡芳年の代表作としてとても有名な作品です。

師匠である国芳の題材や描法などを踏襲しつつも、銅版画の陰影や西洋絵画の明暗描写などに新たな表現に挑戦しています。月岡芳年は浮世絵が盛んに制作された時代の終期の絵師として「最後の浮世絵師」として評されています。






月岡芳年「文治元年平家の一門亡海中落入る図」大判三枚  1853年

なんと15歳の時に制作された作品。歌川国芳に入門して3年後、この作品は芳年の初作として知られている作品です。文治元年(1185年)に平家の一門は壇ノ浦の戦いで源氏に敗れて滅亡します。平知盛が碇(いかり)を身にまとって入水する場面。躍動感と豪快さが見られる芳年の原点と言える作品です。
月岡芳年「文治元年平家の一門亡海中落入る図」

月岡芳年「本朝百勇伝 平親王相馬将門」1862年(文久2年) ボストン美術館蔵

平将門を描いた本作。背後には、7人将門と称される影武者が描かれています。

月岡芳年「勝間源五兵衞 英名二十八衆句」 大判 1866年(慶応2年)

月岡芳年の作品の中でももっとも有名と言える「英名二十八衆句」シリーズです。1866年から67年にかけて制作された芳年が28歳ごろの作品です。冒頭で説明しましたが、「英名二十八衆句」は、国芳の1847年ごろの揃物で全十図の「鏗鏘手練鍛の名刃(さえたてのうちきたえのわざもの)」を焼き直した作品です。元の国芳のシリーズを参考にアレンジされた作品で、国芳の作品に比べると、流血のシーンなどに強調した表現がされています。
このシリーズはどの作品をとっても血生臭い凄惨なシーンが見事に描かれています。これらの作品は「無残絵」として称され、後々様々な文人やクリエイター、漫画家などに多大な影響を与えています。漫画家の丸尾末広さんや花輪和一さんも「無惨絵 新英名二十八衆句」として、制作しています。
月岡芳年「英名二十八衆句」

月岡芳年「太平記 正清難戦之図」 大判三枚続 1866年(慶応2年)

戦争や、決闘などのシーンを迫力満点に描くことでも有名で、こちらは太平記をテーマとしていますが、武将は「佐藤主計正清」とある為、加藤清正を描いたのではないかとされており、加藤清正が朝鮮出兵時の、砲撃を受けているシーンを描いています。
月岡芳年「太平記 正清難戦之図」

月岡芳年「魁題百撰相 駒木根八兵衛(かいだんひゃくせんそう こまぎねはちびょうえ)」大判 1868年(明治元年)

明治元年に大村益次郎が指揮する新政府軍と旧幕府軍である彰義隊との戦いを見立てて描いた作品です。
月岡芳年「魁題百撰相」

月岡芳年「猫鼠合戦」1859年(安政6年)ボストン美術館蔵

師匠である歌川国芳は大の猫好きと知られており、猫をモチーフにした作品を多く残しています。芳年もまた、猫が好きでタマという雄の白猫を飼っていました。尋常なないほど可愛がっていたとか。
この作品は猫と鼠を擬人化した作品で、勇ましい姿で描きながらもユーモラスさを感じさせる作品です。
月岡芳年「猫鼠合戦」

月岡芳年「猫鼠合戦」

月岡芳年「猫鼠合戦」






月岡芳年「豪傑奇術競(ごうけつきじゅつくらべ)」大判三枚続 1869年(明治2年)

書物などに登場する妖術奇術を扱う豪傑たちを一斉に集めて描いた作品。大蛇丸や岩藤局、魔陀羅丸、天狗小僧霧太郎などが登場する。本作は、2図のうちの1図。もう1図の方には、蛞蝓仙人や赤松重太丸、暁星五郎などが描かれています。
月岡芳年「豪傑奇術競」

月岡芳年「各大区纒鑑 第一大区 六番組」大判 1876年(明治9年) 東京都立中央図書館

大胆に置かれた背景の赤と各要素の構成は現代的なものを見ることができて、デザインセンスを感じさせる本作。描かれている町火消し組は、明治5年に消防組に改変され、39の組が6つの大区に割り振られています。第一大区は、東京の下町が担当。初期に比べると人体表現はより写実性を帯びていることがわかります。
月岡芳年「各大区纒鑑 第一大区 六番組」

月岡芳年「各大区纒鑑 第一大区 四番組」大判 1876年(明治9年) 東京都立中央図書館

月岡芳年「各大区纒鑑 第一大区 四番組」

月岡芳年「大日本名将鑑 天照皇大神」大判三枚  1879年(明治12年)

日本神話に登場する女神。 皇室の祖神で、日本国民の総氏神ともされる天照大神が天の岩戸に隠れて世界が暗黒に包まれたため、猿田彦大神などの神々が太鼓や踊りを踊って岩戸を開けさせてという伝説を描いた作品。光線のようなオレンジの光が岩戸から漏れており、天照大神の姿は描かれていません。乱舞する様子や神々の声が聞こえてきそうな躍動感に溢れた作品です。
月岡芳年「大日本名将鑑 天照皇大神」

月岡芳年「大日本名将鑑 狭穂姫・上毛野八綱田」大判  1880年(明治13年)

古事記に書かれた悲劇のヒロイン狭穂姫が炎に包まれるシーンを描いた作品。
月岡芳年「大日本名将鑑 狭穂姫・上毛野八綱田」

月岡芳年「義経記五條橋之図」大判三枚続 1881年(明治14年)

牛若丸と呼ばれた源義経と武蔵坊弁慶が五條大橋で戦うシーンが描かれています。弁慶が牛若丸の投げた扇を長刀の柄で受け止めた瞬間を迫力ある構図で表現しています。中央にある月と五條大橋が舞台装置のような趣になっています。
月岡芳年「義経記五條橋之図」

月岡芳年「袴垂保輔鬼童丸術競図(はかまだれやすすけきどうまるじゅつくらべのず)」堅二枚継 1887年(明治20年)

袴垂保輔(はかまだれやすすけ)という、平安中期の説話上の大強盗と伝説の鬼、鬼童丸(きどうまる)がお互いの妖術を使って競うシーンが描かれています。蟒蛇(うわばみ)を出現させている画面上が袴垂保輔で、松の束を口にくわえて知る画面下が鬼童丸。お互いの妖気が凄まじいですね。
袴垂保輔鬼童丸術競図

月岡芳年「月百姿 玉兎 孫悟空(つきひゃくし ぎょくと そんごくう)」大判 1889年(明治22年)

約8年間に渡って出版された51歳時の最後の大作。題材は、和漢や詩歌など多岐にわたっています。「玉兎」とは、中国の伝説で月に仙薬を搗いていたとされる兎のこと。「西遊記」には、玉兎が地球に降りてきて人間に化けていたという話があり、孫悟空がその正体を見やぶり戦っています。
月岡芳年「月百姿 玉兎 孫悟空」
ここに掲載されているだけがすべてではありませんので、展覧会が開催された時などに是非、月岡芳年の作品をご覧ください。ここには掲載していませんが、月岡芳年の作品は、「英名二十八衆句」の他に「東錦浮世稿談(あずまのはなうきよこうだん)」、「魁題百撰相(かいだんひゃくせんそう)」、「近世侠義伝(きんせいきょうぎでん)」など血みどろ絵がたくさんありますので、興味のある方は調べてみてください。






参考資料

月岡芳年 幕末・明治を生きた奇才浮世絵師 (別冊太陽)
平凡社 (2012-05-25)
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月岡芳年: 血と怪奇の異才絵師 (傑作浮世絵コレクション)
河出書房新社
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