長沢芦雪の奔放さ。ゆるさと優美が混在する稀有な天才画人

長沢芦雪(ながさわろせつ)1754年(宝暦4年)-1799年(寛政11年)は円山応挙を筆頭にする円山派の1人です。円山派には、とても有名な絵師達が多く、山口素絢(やまぐちそけん)や長沢芦雪と共に二哲と評された源琦(げんき)などがいます。

1754年(宝暦4年)丹波国篠山で生まれ幼少の時に淀藩の足軽長沢氏の養子になったと伝えられています。蘆雪の足跡がとても少なく、20代の頃に円山応挙の弟子になったと考えられており、応挙の高弟として頭角を表します。29歳には京都の文化人を集成した名録「平安人物志」に登場します。師匠の応挙は二番、他には伊藤若冲や与謝蕪村の他に、同じ円山派の中から、岸駒(がんく)、山本守礼、源琦(げんき)などの絵師達が名を連ねています。

芦雪33歳(1786年)の時に応挙の使いで南紀(和歌山)の西就寺、無量寺、草堂寺で障壁画を制作しています。重要文化財に指定されている無量寺にある「虎図」と「龍図」もこの頃に描かれています。37歳(1790年)、応挙が57歳の時に、一門で制作した御所の完成度造営障壁画にも参加し、41歳(1794年)に広島に滞在し、1797年に厳島神社に「山姥図」を奉納しています。

亡くなったのは1799年、46歳という若さ。大阪で亡くなっており、毒殺自殺などと言われていますが、死因は不明





長沢芦雪「虎図」 1781-1789年 一幅 紙本着色

20代後半から30代にかけて描かれたのではないかと考えられている本作。応挙に弟子入りして間もない頃の作品だとしたら、このリアルに描きこまれた虎の相貌は納得ができます。応挙の描いた虎に倣いながらもまったく劣らない描写感を感じることができます。こちらを睨む、表情がなんともかっこいいです。緻密に描かれた虎と、ざっくりながらも的確に捉えられている竹がとても印象的。大胆で奔放な作風のイメージとは異なるものがあります。
1786年には無量寺の「虎図」が描かれているので、それより前に描かれたのではないでしょうか。
長沢芦雪「虎図」

長沢芦雪「虎図」拡大

長沢芦雪「虎図」拡大

長沢芦雪「虎図」 1786年(天明6年) 重要文化財  和歌山・無量寺

圧倒的な迫力と大胆な構図で描かれたこの作品は、和歌山の無量寺を訪れた際に制作した襖絵です。無量寺本堂の仏間と室中の左側、右側には「龍図」が向き合うようにに配されています。
芦雪といえば、この虎を思い浮かべる方が多いと思います。虎というよりは、どちらかというと、猫っぽくて丸々した印象を受けますね。現在、作品は収蔵庫で保管されており、複製画が展示されています。
上の「虎図」とはまったく印象を受ける「虎図」。この頃を境に師匠の応挙の画風を脱し、大胆で奔放な画風に転じています。

長沢芦雪「虎図」

長沢芦雪「龍図」

長沢芦雪「薔薇蝶狗子図(ばらちょうくしず)」 寛政前期〜中期 一幅 絹本着色 愛知県美術館蔵

応挙の影響か、蘆雪もたくさんの犬の絵を描いています。「白象黒牛図屏風」からもわかる通り、応挙の犬と芦雪の犬はコロコロしている点は似ているものの、ゆるさや、だらしなささが段違いです。本作も、後ろ足をだらりを投げ出し、リラックスしている姿が描かれています。「白象黒牛図屏風」でも同じようなポーズで描かれているのがわかります。きっとこのポーズがお気に入りだったのでしょう。
長沢芦雪犬

長沢芦雪「白象黒牛図屏風(はくぞうこくぎゅうずびょうぶ)」 1794-99年(寛政後期)六曲一双 紙本墨画 プライスコレクション

この作品で注目なのは、やはり黒牛の方に描かれた犬。犬の座り方がうまく表現されており、顔が可愛いです。白象の方には画面右上にカラスが描かれています。

長沢芦雪 犬

長沢芦雪 犬

可愛いです。芦雪も応挙同様に多くのコロコロした可愛い犬達を描いた作品を多く残しています。
長沢芦雪 犬 拡大

長沢芦雪「一笑図」 1794-99年(寛政後期)紙本墨画淡彩 同志社大学情報学研究科蔵

吉祥図(縁起物)として描かれ、酒の席で描かれる「席画」ではないかと考えられています。
長沢芦雪「一笑図」

細部
長沢芦雪「一笑図」細部

長沢芦雪「なめくじ図」 寛政後期 一幅 紙本淡彩 

筆の運びに遊びを感じさせる作品も多く残しいています。この作品はなめくじとそのなめくじが這ったあとを描いた作品で、手の力を抜いて描いた這った後と、最低限の筆数だけでなめくじが軽妙に描かれています。なめくじが這ったあとは一筆で描かれています。
長沢芦雪「なめくじ図」

いかがだったでしょうか。蘆雪が応挙の命で出向いた現在の和歌山県の無量寺や成就寺、草堂寺などにはあ蘆雪の描いた襖絵があります。また、和歌山県東牟婁郡串本町にある串本応挙芦雪館には、蘆雪や応挙の作品が展示してあります。また、蘆雪や応挙だけでなく、狩野探幽(かのうたんゆう)や白隠慧鶴(はくいんえかく)、伊藤若冲などの作品も所蔵しています。和歌山に出かける機会がありましたら、是非訪れてみてください。





長沢芦雪の参考文献

長沢芦雪 (別冊太陽 日本のこころ)
平凡社 (2011-03-28)
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