葛飾北斎の独創性。世界を魅了した日本を代表する絵師

葛飾北斎肖像

葛飾北斎(かつしかほくさい)(1760~1849)は、1760年(宝暦10年)に割下水(わりげすい)、現在の墨田区亀沢付近で生まれました。幼名は、時太郎。6歳頃より、好んで絵を描くことを始め、10歳の時に鉄蔵と名を改めています。

14歳頃から木版画を学び、貸本屋の小僧として働いていたとされています。1778年(安永7年)19歳の時に、江戸時代中期を代表する浮世絵師である勝川春章(かつかわしゅんしょう)に入門し、翌年には勝川春朗(かつかわしゅんろう)と号し、浮世絵界でデビューしています。
春朗と称した画号で、約15年間に浮世絵版画200点以上、挿絵本50種類以上、黄表紙などの挿絵本50種類以上の作品を残しています。

37歳頃から、号に「北斎」がみられ、41歳の時に「画狂人」と号し、1805年の46歳時に「葛飾北斎」と名乗るようになります。それ以降、「葛飾北斎」以外に「不染居為一」や「月痴老人」、「卍」、「万字」など何度も画号を一時的に変えています。

55歳の時に、あの有名な「北斎漫画」(四編・五編)が初編刊されます。その後、1815年に二編・三編、1815年に四編・五編、翌年に六・七編と1949年の90歳で亡くなるまで、十三編の「北斎漫画」が編刊されます。北斎の死から30年後に十五編まで刊行されています。また、「富嶽三十六景」を完成させたのは70歳の時です。

1848年、89歳の時に信州小布施の岩松院の天井に「八方睨み鳳凰図」を制作、翌年の春に病床に臥し、浅草聖天町遍照院仮宅似て亡くなります。「天我をして十年の命を長ふせしめば、天我をして五年の命を保たてしめば、真正の画工となるを得べし」が最期の言葉となっています。「あと10年生きたい・・・せめてあと5年の命が続けば、正真正銘、本物の絵師になれたのに・・・」という意味です。最後まで描くことに執念を燃やし続けた北斎らしい言葉ですね。






葛飾北斎「亀図」中版摺物 1789年(寛政10年) 葛飾北斎美術館

「北斎辰政」の号となったことを告げる、自費で版行した刷物。縁起の良いモチーフである亀を2匹描いています。
葛飾北斎「亀図」

葛飾北斎「鍾馗図」絹本着色 1793年(寛政5年)頃 葛飾北斎美術館

勝川春朗(かつかわしゅんろう)の号で制作した作品。長い間、所在がわからなかった作品で、近年発見されました。漢画の影響を色濃く受けたことがわかる作風です。
葛飾北斎「鍾馗図」

葛飾北斎「酔余美人図(すいよびじんず)」 絹本着色 1807年(文化4〜5年) 公益財団法人氏家浮世絵コレクション蔵

お酒に酔って三味線の入った箱に寄りかかる芸妓を描いた、北斎が46歳頃に描いたと推定される作品。
葛飾北斎「酔余美人図」

葛飾北斎「鯉魚図(りぎょず)」 紙本着色 1813年(文化10年) 埼玉県立博物館

悠然と泳ぐ2匹の鯉と2匹の亀が描かれている作品で、「亀毛蛇足」印とともに門人である女流画家であったとされている浮世絵師・葛飾北明(かつしかほくめい)に譲渡したとの添え書きがあります。
葛飾北斎「鯉魚図(りぎょず)」 

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葛飾北斎「鯉魚図(りぎょず)」 

葛飾北斎「北斎漫画 八編」 絵本 1818年(文政元年) 

初編は、1814年、北斎が55歳の時です。こちらは八編。元々は、増えてきた弟子たちへの見本張的なものでした。1冊約60ページほどで、半紙サイズで全編の図版総数は約4000。そこには人物だけでなく、動物や植物など森羅万象様々なものが描かれています。
この図では、どんなポーズでも、どの角度からでも人物を捉えており、北斎が描いたデッサンの優秀さがわかります。
葛飾北斎「北斎漫画」

葛飾北斎「百物語 こはだ小平二」 中判錦絵 1831年(天保2年) 中右コレクション

百物語とは、夏の夜に人々が集まり、100本の蝋燭を立てて階段を1つ語るごとに1本づつ蝋燭を消していくという怪談の会のことです。この作品は、歌舞伎の幽霊狂言にある小幡小平次の嫉妬の亡霊を描いたものです。
葛飾北斎「百物語 こはだ小平二」

葛飾北斎「百物語 お岩さん」 中判錦絵 1831-1832年(天保2-3年) 葛飾北斎美術館

こちらは、四世鶴屋南北の「東海道四谷怪談」に登場するお岩が亡霊となり提灯に乗り移る場面である「提灯お岩」を描いた作品です。
葛飾北斎「百物語 お岩さん」

葛飾北斎「富嶽三十六景 尾州不二見原(びしゅうふじみはら)」 大判錦絵 1831年(天保2年)

葛飾北斎の代表作の1つのシリーズ「富嶽三十六景」は、富士山を様々な角度から見た最高傑作として、世界中から圧倒的な支持を得ています。そのお主な要因となるのは、やはり絵の見せ方、構図にあるのではないでしょうか。これまでに見たことがないような斬新な構図で富士山を切り取って、かつ、独自の解釈で描かれています。
この「尾州不二見原」もまた、構図が素晴らしく、桶の円形の中に富士が見えるという構図が採用されとても効果的な作品となっています。
葛飾北斎「富嶽三十六景 尾州不二見原」 

葛飾北斎「富嶽三十六景 駿州江尻(すんしゅうえじり)」 大判錦絵 1831年(天保2年) 葛飾北斎美術館

ここに描かれている江尻は、東海道第18宿として栄えていました。強風に煽られ、木の葉と共に、懐に入れて携帯するための小ぶりで二つ折りの和紙である懐紙が宙に舞っています。風そのものを描いていないのに、強い風が吹いていることをビジュアル的に表現しています。
葛飾北斎「富嶽三十六景」

葛飾北斎「富嶽三十六景 山下白雨(やましたはくう)」 大判錦絵 1831年(天保2年)頃 

通称「赤富士」として有名な「富嶽三十六景 凱風快晴」 に対してこちらは、「黒富士」として親しまれている富士山です。「赤富士」で描かれたのは朝方である一方、こちらは夕方の富士の景色を描いています。
葛飾北斎「富嶽三十六景」 

葛飾北斎「富嶽三十六景 凱風快晴(がいふうかいせい)」 大判錦絵 1831年(天保2年) 葛飾北斎美術館

通称「赤富士」として、とても有名な葛飾北斎の代表的作品です。ほとんどの方が見たことがあるのではないでしょうか。タイトルとなっている「凱風快晴」の「凱風」とは、南風のことで、好天に恵まれた朝、富士の黒い山肌が闇の中から次第に輪郭を現し、富士が赤く染まる瞬間を描いています。赤い山肌と鰯雲が広がる青い空、裾野の樹海をわずか3色で表現しています。

葛飾北斎「富嶽三十六景 神奈川沖裏波(かながわおきうらなみ)」 大判錦絵 1831年(天保2年)頃 葛飾北斎美術館

本作は、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「モナリザ」と並ぶ世界的名画と評されています。
襲いかかるような大波、それに翻弄される船、その奥には悠然とそびえる富士山。これらは、モチーフと構図から自然と人間のドラマがこの作品に込められている語られています。また、この作品の魅力は、大波のダイナミックな造形的表現ではないでしょうか。波の底から急にせり上がり、波頭に向かい、そして砕け散る。一連の動きを画面に定着させています。
葛飾北斎「富嶽三十六景 神奈川沖裏波」 

葛飾北斎「諸国瀧廻り 下野黒髪山きりふりの滝(しょこくたきめぐり しもつけくろかみやまきりふるのたき)」 大判錦絵 1833年(天保4年)頃 東京国立博物館

全8枚からなる本作のシリーズは、諸国の名瀑をモチーフにした作品です。この作品に描かれている霧降の滝は黒髪山にあり、日光三名瀑の一つとしてとても有名な滝です。
「富嶽三十六景 神奈川沖裏波」にもある北斎の水の表現における独創性をこの作品にも見ることができます。
葛飾北斎






葛飾北斎「弘法大師修法図(こうぼうたいししゅほうず)」紙本着色 西新井大師總持寺

画面サイズは150.0×240.0cmで晩年の最大の作品。鬼の表情に異様な存在感があります。この作品は、鬼を病魔や厄難に見立て、空海(弘法大師)が調伏する様子を描いています。
葛飾北斎「弘法大師修法図」

葛飾北斎「八方睨み鳳凰図(はっぽうにらみほうおうず)」1848年 岩松院蔵

最晩年、85歳の時の作品。信州の小布施にある岩松院の天井絵です。矩形いっぱいに、鳳凰を描きながらも、中央の鳳凰の頭部に目が行くように構成されています。85歳の老人が描いたとは思えない迫力と力量を見ることができます。123.0×126.5cmという画面サイズです。
葛飾北斎「八方睨み鳳凰図」

葛飾北斎「西瓜図(すいかず)」1839年 肉筆浮世絵 宮内庁三の丸尚三館蔵

北斎が80歳の時に描いた晩年の作品。西瓜の上に置かれた半紙に西瓜の果汁が染みているのがわかります。半紙の薄さや、透明感が巧みに表現されています。

北斎の作品は、すみだ北斎美術館が多く所蔵していますが、東京国立博物館出光美術館江戸東京博物館太田記念美術館などが作品を所蔵したり、展覧会を開催しています。

また、2019年1月17日(木)〜3月24日(日)の期間に葛飾北斎の展覧会「新・北斎展 HOKUSAI UPDATED」が森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ 森タワー52階)で開催されています。この機会にぜひ!!!

葛飾北斎の関連の記事はこちら

1.浮世絵GIFアニメ。葛飾北斎の「富嶽三十六景」が動くとかなり新鮮!!
2.葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」に触発されたロシアのファッションデザイナーAlena Akhmadullinaによる新作コレクション
3.北斎の「大波」を襟に配置したお洒落なシャツ






葛飾北斎の参考文献及び、作品集はこちら

北斎決定版 (別冊太陽 日本のこころ)
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葛飾北斎伝 (岩波文庫)
飯島 虚心 鈴木 重三
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